生産性を求めない日記

生産性を求めず、ただただ思ったことを書いていきます。

カタカナ言葉の生産性

こんにちは。

年の瀬が近づき、世の中がどことなく慌ただしくなってきた気がします。

あまりイベントごとに気分を左右されない人間ですが、やはり年末はどことなく気分が高揚しますね。

 

さて、「イベントごと」という言葉、何か思うことはありませんか?僕は正直、カタカナ言葉を使いたくありません。というのも、「何か逃げている」ような気がするのです。何から??

 

正確に物事を表そうとすることから。

 

「イベント」などのもはや広く流布し、人々の間に共通認識が形成されている言葉ならまだ構いません。「季節に固有の行事や、友人の慶弔等の行事」を指すものだという理解が広まっているため、イベントという言葉を使っても特に問題はないように思います。

 

しかし、たとえばこのような言葉ならどうでしょうか。

「我々のクライアントを理解しよう」

このような言葉は、仕事をしていると耳にすることがあります。しかし、「クライアント」とは果たして何を意味しているのでしょうか。

私たち一般の人が抱く「そういうカタカナ言葉」への印象と、「そういうカタカナ言葉」を日常的に使用する人のそうした言葉への印象は決定的に異なるはずです。

一般人なら「クライアント?何それ?客ってこと?」のような印象しか抱かないのに比べ、日常的に使用する人は「クライアントとは私たちがサービスを提供する相手のことで、多くの場合企業間取引の相手に用いる」などという印象・定義を暗黙の裡に共有しているはずです。

この一般人と職業人の印象の違いが、将来的には大きな違いとなってでてきます。

 

そもそも、クライアントなどというのはただの英語のカタカナ読みなのですから、clientと表せばいいのです。もしくはそれに適する日本語を用意し、あてはめて訳せばいいのです。それを訳すのが面倒くさい、もしくは訳すことができない、という安易な理由からカタカナ呼びとし、その呼び方を世の中に強制するのははなはだ不愉快です。

 

うまくまとめられませんが、要するに

「外来語を使いたければしっかり訳せ!この英語も日本語もろくに使えないアホどもが!」

ということですね。

もしどうしてもその英語を使いたければ全部英語で言いやがれ!それもできない程度の人間ならそんな言葉使うな!

ということです。

 

See you then. (なんちゃって)